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野菜ジュースはおともだち
今日もあたたかくてすごしやすいですね~
最近パソコンでウィキペディアを見てるのが趣味です。
根暗な趣味とかつっこみのはなしね(笑
もともと史実とか伝記とかが大好きで、歴史を知る事に飢えてる人間ですw
最近は幕末の事を調べてます^^
学生時代の時はどうしても幕末の事はあまり習いませんからね~
でも戦とか天下統一とかはなくても、日本のために徳川幕府が、そしてその意志についていく新撰組。
新しい日本にするためにみんなで政治をしようと決めた薩摩・長州軍。
それぞれが同じ国が為なのに
時代が違えばきっと違った関係になっただろうに
そう考えるとすごく感慨深いものがあります。
総理大臣になりえるだろうと言われた人など
土台を作り上げた有能な人たちは明治維新になる前にほとんどがなくなったのをご存知ですか?
とっても切ないですね・・。
元々大河ドラマの新撰組を見ていたので新撰組は結構知っていましたが
明治維新を遅らせたとも早めたとも言われた池田屋事変の引き金となった古高俊太郎の事は知らなかったです。
古高俊太郎は長州間者の大元締として情報活動と武器調達をしていた人なんですが、長州の人たちは出禁になってた京都に潜伏して活動していました。
長州訛りから京訛りに変え、笛などの楽器や詩などを覚えて島原で風流人として通いながら裏では密会をしていたそうです。
島原、の言葉が出てきたらやっと風俗嬢のブログらしくなってきましたかね(笑
見た目は粋なお金持ちの遊び人の様ですが古高は長州間者の大元締。
古高が死んだらそれこそ長州に希望はないのです。
きっと島原が唯一の安らぎだったかもしれませんね・・・。
でも島原にも見回りがきたりもしていたらしくて常に京人を偽っていたと思うんですが。
そういうのを考えると、いつの時代もかずきの様な女性が必要なのかなと考えます。
今の時代にはそこまで追い詰められた殿方はいないと思いますが(笑
それでも現代に疲れている人は多いはず。
一緒にいる時は安らぎをあげたいとつくづく思いました。
・・・あ、思いっきり趣味なブログでごめんなさい;笑
あ~♡でもかずきの男性のタイプは古高俊太郎ですかね(*´∀`*)
彼は享年32才…だったはず。
32才の若さで島原に通ってたなんて今考えればすごいですよね(笑)
しかも一般人のお給料の3倍もする額の花魁最高峰・太夫を侍らせていたんですからそりゃモテモテですよね(笑)